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2008年2月26日(火)
十七話 水中の彼らの動向 カレイ
カレイの仲間は、砂または砂泥質の海底を好んで棲む。海底に着底し、ふわりと海底に乗っている状態や半ば砂に埋もれるような状態で暮らしている。特に潮の流れなどがある場所は、海底の砂や砂泥が潮の流れで運ばれたり、吹き溜まりとなる場所があり、海底に起伏や凹みのようなものができあがる。そんな場所を好んで棲むようである。
カレイは、実に好奇心が旺盛で、例えばボクが海底で指を動かしたり、手のひらで海底を小刻みにたたいて砂煙を上げたりすると寄ってくる。おそらく海底で奇妙にうごめくものや、砂煙のたつところに捕食の可能性があることを本能的に知っているのだと思う。特に砂煙が上がるというのは、他のサカナが何かエサを喰っていたりする場合が多い。そんなときに、砂や砂泥の中に潜んでいるゴカイや小さなエビの仲間などが飛び出してきたり、何かエサのおこぼれに預かれる場合が多いからだ。
カレイ釣りでオモリで海底をこづくが、それはトントンと音をさせたり、砂煙を上げてカレイの興味をそそって寄せることにつながる。仕掛けの近くまで寄せ、付けエサを喰わせることを狙った方法なのだ。
ただそこから先の行動も興味深い。好奇心が旺盛なわりに、いきなり喰いつくようなことをしないのだ。例えば好奇心旺盛なサカナとしてはアイナメがいるが、このサカナはがっついていて、いきなり喰いつく場合が多い。ところが、カレイの場合はいきなり喰いつかず、何か見つけると寄ってはいくものの、間近までせまってそれをジッと見つめる。まるで近視であるかのようにそのものに近づき、じっと見つめる。本当に喰えるのかどうかを見極めているのだろうか?
そして喰えると思うと、まずはエサをくわえるのだが、いきなりガブガブといくわけでもない。エサの先っぽをくわえて、これは美味しく喰えると判断するまでに、しばらく時間が必要。そして喰い始めると、ガブガブッという感じでエサを飲み込む。いつもいつもこの順序で喰うとは限らないかもしれないが、これをイメージしていつタイミングとしてアワセたらいいのかを現場で試して欲しい。ちなみにボクなら、アタリがあったらサオ先を送り込み、ゆっくり10を数えてからキキアワセかな。
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2008年2月19日(火)
十六話 やはり刺身かから揚げか? カレイ
おそらく釣り人の特権というのは、魚屋やスーパーでは手に入らない超自然な状態で、しかも抜群に新鮮な食材を用意できることだろう。とくにマコガレイなどというと、自分で釣らない限りなかなかお刺身でいただくことはできない。
ボクもマコガレイのお刺身をいただいたのはここ数年前ほど。自分で釣ってきたものを自分でおろしてみた。30cmオーバーの良型なら、まずは絶対にお刺身でいただきたいもの。身は白身の部類だが、うっすらとピンク色を帯びている。薄くスライスしたお刺身は、好みにもよるかもしれないが、普通にわさび醤油でいただくよりも、ポン酢醤油にもみじおろしでいただいた方が合うように思う。ほんのりと甘みがあり、しこしことした歯ごたえも堪能できるはずである。
またやはり新鮮な状態だと旨みが違うと思えるのが、から揚げである。気の利いた居酒屋などに行くと、カレイのから揚げなるメニューもあったりするが、釣りたてのものは身離れのよさといい、味といい、それとはまったく異なる感じだ。
マコガレイをはじめ、カレイの仲間は、うろこがかなり細かい。下ごしらえとして表裏両側を丁寧に落とすことがポイント。エラと内臓とを取り除いたら、全体に片栗粉をまぶし、160度ほどに熱した油でカラリと揚げる。別にやや薄味の天つゆを作っておく。揚げたカレイを皿に乗せ、その上から全体にかかるようにその天つゆを大胆にかけてひたす。大根おろしを添え、温かいうちにいただく。ビールでも焼酎でも合うが、やはりカレイ料理には熱燗の日本酒がベストチョイスな気がする。
白ワインとアレンジするなら、洋風アレンジもいいだろう。フライパンにオリーブ油少々とニンニクスライスを入れて中火にかける。カレイの身とトウガラシとをいれ、身の両面に色がつくまで焼く。塩コショウで味付けし、醤油を少し加えて味を調える。身の上に一緒に揚げたニンニクスライスを乗せ、クレソンの葉を添えると、日本酒よりもワインの似合うおしゃれな料理となる。ぜひお試しあれ。
(つづく)
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2008年2月12日(火)
十五話 仙台湾の発想を東京湾へ カレイ
釣りというのは、同じターゲットでも日本各地で釣り方や仕掛けが違うもの。
前回の話で、仙台湾のカレイ釣りと仕掛けを手に入れたボクは、これはぜひ、東京湾のマコガレイ釣りに試してみたいと思った。
オモリにしろ、テンビンにしろ、仙台で売られていたような派手系アイテムは、東京近郊の釣具店ではその当時手に入らなかった。もしかしたら、同じようなことを試した人が以前にもいたかもしれない。試した結果があまりよくなかったから、東京近郊の釣具店で売られていなかったのかもしれない。
だが、そういうことは自分の感性で実際に試し、結果を自分の目で見たいと常々思う。いい結果が出れば採用すればいいし、だめだと思えばやめればいいだけだ。
ボクが海の中で見たカレイの生態としては、とにかく好奇心が旺盛であることと、なにかあまり視力が良さそうでないこと。つまり、煙幕を出したり、音を出したり、派手なデコレーションを施して目立たせること、こういったことがカレイの興味を引き、エサに喰いつかせることにつながりそうだと考えていた。
仙台のマガレイと東京湾のマコガレイでは、確かに種は違うが、同じカレイの仲間。サカナの進化の中でも同じような暮らし方をしていて、ああいった平べったい体型で、海底にはりついて生活をするもの同士。おそらく共通点はたくさんあるはずだ。
ある日、早速、オモリとテンビンはショッキングピンク色のものを使い、仕掛けも自作して、仙台のカレイ釣り仕掛けのような派手めのデコレーションを施し、東京湾のマコガレイ釣りに出撃した。仕掛けのデコレーションのアイテムとしては、東京近郊の釣具店でも手に入れられるようなグリーンやピンクの夜光玉、ショッキングピンクか赤色のビニールパイプをハリスやミキ糸に使った。とにかくこの仕掛けで、仙台湾流に海底を小突き、海底でオモリが踊って煙幕を出すようなアクションを積極的に加えてみたのだ。
結果は良好だった。少なくとも今まで東京湾で使っていた、オモリやテンビンも含めた一般的な仕掛けで釣っていたよりも釣果は伴っていたように感じられた。
そしてその後、マコガレイを狙った仲間内の小さな釣り大会で、この仕掛けを使って準優勝を果たした。優勝はその日の最大寸で争われたのだが、優勝者が41cmを1尾のみ。ボクは40cmまでは届かなかったものの、39cmを頭に、38cm、33cmと良型を含む計8尾で、釣った尾数では他の誰にも負けていなかった。
まぁこんな釣り大会の結果を自慢しても何もならないが、本場仙台流の釣り方や仕掛けに対する考え方は、東京湾のマコガレイ釣りでも大いに通用するとボクは考えている。
興味ある方は、一度仙台へ釣具店をのぞいたり、実際に本場のカレイ釣りを体感されたし。
(次回へつづく)
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2008年2月 5日(火)
十四話 カレイ釣りの本場・仙台湾の伝統釣法 カレイ
「うわぁっ! 派手っ! こっちではこんな仕掛け使うんだぁ…」
もう数年以上前の話になるが、仙台湾のマガレイ釣りを取材に行った。
そのとき、情報収集にと入った地元の釣具店でまずはびっくりした。オモリはショッキングピンク色、天秤もショッキングピンク色のパイプ、この店のオリジナル仕掛けというのも、ハリやハリスに夜光玉やらキラキラ光るモールのようなもので派手なデコレーションが施されていた。
こちらの釣りは、水深50mぐらいの場所で狙い、とにかくオモリで海底を小突き、仕掛けを目立たせることでエサをアピールしてカレイに喰わせる。しかもアタリは、「もたれ」というカレイ独特のエサをくわえた状態をサオ先で察知し、そこから喰わせて掛けるという高度なテクニックと経験を必要とする釣りなのだ。メーカーもこのカレイ釣りには、専用のサオを製造販売するほどの力の入れようだ。
その日の朝、船に乗ってみると、平日だというのに釣客で一杯。ご当地でいかに人気の高い釣りであるかがうかがわれる。
釣り場に着くと、船首側に座ったこの釣りのベテランらしき中年の方が釣り始めた。細かく海底を小突き、サオ先に全神経を集中させてアタリをきく。なんか関東のカワハギ釣りのタタキ釣りに似た釣り方だった。
ボクも貸し道具で挑戦してみた。エサを喰うアタリはわかったものの、いわゆる「もたれ」までは感知できずにいた。結果的には地元のベテラン釣師の四分の一ほどの釣果だった。
なんか悔しくてこのままでは帰れない。ボクのクルマの中には3.3mの30号マダイ竿と電動リールが積んであった。翌日もこのカレイ釣り船に乗ったのだが、このマダイ竿と電動リール、そしてコマセマダイ用の大きな天秤にハリが5本ついた仕掛けを作って、地元のベテラン釣師を驚かしてやろうともくろんだのだ。
仕掛けを沈め、一度底を切って仕掛けをまっすぐにして着底。あとはロッドホルダーにかけて置き竿。アタリがあってもほうっておいて、しばらくして電動で巻き上げる。
思惑通り、5本のハリにほぼ毎回5枚のカレイがついて上がってきた。地元のベテラン釣師と釣り船の船長が目を丸くして見ていた。そりやぁそうである。片や全神経集中させて1枚1枚釣り上げ、こちらは底延縄漁業のように5枚ずつまとめてゲットする。釣果は間違いなく漁業釣法に分があった。
最初のうちは、ボクも「やったね」という満足した気持ちで一杯だったのだが、そのうちになんか妙に惨めな気分になってきてこの釣り方を止めた。何十年も築きあげてきた伝統に泥を塗っている気がしてきたからだった。
釣りは釣果が最優先ではない。語り継がれ、受け継がれてきた釣法。この仙台のカレイ釣りだって立派な文化である。釣りはその人が1尾のサカナを釣り上げるために、海やサカナと対話する。その対話をなくして、釣果最優先に走ること、これは釣りではなく、単なるサカナの殺戮や自然への冒涜でしかない。
仙台の澄んだ青空の下。揺れる船上でなぜかこんな釣りの哲学に思いふけっていたのだった。
(次回へつづく)
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